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2018年度予算教書にみる、米国における藻類バイオ燃料研究開発の今後

2018年度予算教書にみる、米国における藻類バイオ燃料研究開発の今後

今年の3月、Politicoから配信された以下のニュース記事をご存知だろうか。

米国エネルギー省(U.S. Department of Energy, DOE)の国際気候・クリーンエネルギー部 (Office of International Climate and Clean Energy, ICCE) の職員が「気候変動 (Climate Change)」 や 「排出量削減 (Emission Reduction)」、「パリ協定 (Paris Agreement)」 といった単語を文書や説明において使用を避けるように指示された、と記事には書かれている。一方で同記事は、DOEの報道官が 「こうした単語やフレーズを公式に禁止した事実はない」 と否定しているとも伝えている。

これがオバマ政権時に配信された記事であれば、昨今流行の 「フェイクニュース」 だろうと笑って過ごせたかもしれないが、今回実に多くの人が「本当かもしれない」 と感じているようだ。これは、現在世の中がそうした方向に進みつつあることを多くの人々が不思議に思わなくなっていることを示しているのではないだろうか。なんとも恐ろしい話である。

こうした中、2017年5月23日、米国では新政権になって最初の予算教書が議会に提出された。

これまでの約10年、DOEは米国の藻類バイオ燃料研究開発を主導してきた

オバマ政権下で制定されたARRAの果たした役割

米国における藻類バイオ燃料の研究開発では、2009年オバマ大統領政権下で制定されたAmerican Recovery and Reinvestment Act of 2009 (ARRA、2009年アメリカ復興・再投資法) が、その資金源として大きな役割を果たしていた。

米国で2010年前後に立ち上がった、産学連携および藻類バイオ燃料の商業化の促進を目的とした4つの藻類バイオ燃料開発に関するコンソーシアム(①)や、藻類バイオマス生産や精製のデモンストレーションを目的とした民間への投資(②)は、いずれもARRAを資金源としてDOEから拠出されている。

< ①藻類バイオ燃料開発に関するコンソーシアム>
– National Alliance for Advanced Biofuels and Bioproducts (NAABB):4,860万ドル
– The Cornell Marine Algal Biofuels Consortium:900 万ドル
– The Consortium for Algal Biofuels Commercialization (CAB-Comm):1,100 万ドル
– Sustainable Algal Biofuels Consortium (SABC):600万ドル

<②民間への投資>
– Solazyme, Inc. (現TerraVia Holdings Inc.):2,200万ドル
– Sapphire Energy Inc.:5,000万ドル
– Algaenol Biotech LLC.:2,500万ドル

DOEのAdvanced Algal Systems プログラムが主要な資金源に

その後、2012年以降はARRAのような大きな資金源はなくなったが、DOEエネルギー効率・再生可能エネルギー部 (Office of Energy Efficiency and Renewable Energy, EERE) 下の、バイオエネルギー技術部 (BioEnergy Technologies Office, BETO) の下に設置されたAdvanced Algal Systems プログラムに割り当てられた予算等が、藻類バイオ燃料の研究開発における主要な資金源となってきた。

表 1. 2017年度BETO予算請求内訳
引用元:https://energy.gov/sites/prod/files/2016/03/f30/At_A_GLANCE%20%28BETO%29.pdf

例えば、表1は2017年度のBETOの予算請求内訳である。アリゾナ州立大学を中心としたAlgae Testbed Public-Private Partnership (ATP3) への1,500万ドルの投資、アリゾナ大学を中心としたRegional Algal Feedstock Testbed (RAFT) への500万ドルの投資は、BETOのAdvanced Algal Systems プログラムから拠出されている。この他、大小様々な藻類バイオ燃料開発プロジェクトにおいて、EEREおよびBETOが資金源として大きな役割を担ってきた。

DOEは網羅的かつ体系的に藻類バイオ燃料の研究開発を主導してきた

また、DOEは資金源としてだけではなく、藻類バイオ燃料研究開発における旗手としての役割も果たしてきた。藻類バイオ燃料開発の現状・今後を取りまとめた 「National Algal Biofuels Technology Roadmap (2010)」 や 「National Algal Biofuels Technology Review (2016)」、今後数年間の研究開発および実証の計画を示した 「Multi-Year Program Plan (2016)」 等の発表、各種藻類研究開発に関するワークショップの主催等、BETOは米国の藻類バイオ燃料研究開発において中心的な役割を担ってきた。

世界を見渡しても、米国DOEほど網羅的且つ体系的に藻類バイオ燃料の研究開発を主導していた組織は、ここ10年存在しなかったのではなかろうか?世界中の藻類研究開発が、このDOEを中心とした取り組みから大きな恩恵を受けていたことは間違いない。資金や研究・実証の中心は米国であり、また、環境保護局 (U.S. Environmental Protection Agency, EPA) のRenewable Fuel Standards (RFS) 等、再生可能燃料・バイオ燃料というものを規格・規定するのも米国であった。

70%の予算減!?米国における藻類バイオ燃料研究開発の今後はどうなるのか

2018年度予算教書、遅れに遅れての提出

ここで冒頭の話に戻る。通常、2月に提出される予算教書が、遅れに遅れ5月23日にようやく議会に提出された。国防関連費の大幅な増加、フードスタンプやメディケイド、環境保護局 (EPA) 予算の大幅カット等、話題は尽きない。これから新年度開始までの短い期間、議会で大きな議論が交わされることになる。

こうした話題に隠れ、今回の予算案に関する議論の中心になることはないが、ここでは米国の藻類研究開発の中心を担ってきたDOEおよびDOE内の各部署の予算配分案について確認する。

読み解くことで見えてくる、トランプ政権が藻類バイオ燃料研究開発の未来に落とす暗い影

エネルギー省の2018年度予算案は280億ドル。これは2017年度の297億ドルの予算と比して5.6%減の数字となる。2017年度予算と比して約30%の予算削減を強いられている国務省や環境保護局と比して緩やかな予算削減案の様に見える。

しかし、藻類バイオ燃料研究・開発の中心として存在してきたEEREやBETOの予算割り当てを詳しく見ると、様相は一変する。表2は2018年度のEEREの予算割り当て案である。まず、EERE全体の2018年度予算案は、2016年に成立した約20億ドルの予算と比して、69.3%減の6億360万ドルである。エネルギー関係の部署では最大の予算削減を強いられていることがわかる。また、EERE予算の内、BETOへの割り当て分に5,660万ドル (2017年6月現在、63億円強) が見込まれているが、2016年に成立した予算と比して、なんと74.8%減である。

表2. 2018年度EERE予算割り当て案

引用元:https://energy.gov/sites/prod/files/2017/05/f34/FY2018BudgetinBrief_3.pdf

仮にこの予算案に大きな修正が加えられないまま議会を通過した場合(※)、DOEがこれまでの大規模実証等の研究開発活動をサポートしていくのは非常に困難であると言わざるを得ない。また、この予算案の他に資金源を確保しない限り、これまでの様なEEREやBETO主導での藻類バイオ燃料の研究開発への大規模資金拠出は難しくなると考えられる。さらに、DOEが運営する国立研究機関の内、National Renewable Energy LaboratoryやPacific Northwest National Laboratory、Argonne National Laboratoryといった藻類バイオ燃料研究開発において主導的な役割を果たして来た研究所も、大幅な予算削減を求められていることにも注視したい
(https://energy.gov/sites/prod/files/2017/05/f34/FY2018BudgetLaboratoryTable_0.pdf)

環境保護局への大幅な予算削減や、米国のパリ協定からの脱退のニュース等からも示唆されるように、米国における藻類バイオ燃料をはじめとした再生可能エネルギーの研究開発は、少なくとも現政権が大幅な方向転換を示さない間は、今後明るいとは言い難い。

藻類バイオ燃料開発の中心は、米国から日本へ

日本は米国の2倍の予算を持つ

米国のDOEのEEREやBETOと最も機能的に類似な組織として、国立研究開発法人、新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) がある。DOEと異なりNEDOは直下に研究機関を持たないことや、米国の藻類バイオ燃料研究開発にはその他の機関からも多額の資金が拠出されていることを考慮すると、単純な比較は出来ないが、2017年度のNEDOに割り当てられた予算は1397億円であり、これは2018年にEEREへの予算案の倍程度の規模である。また、このNEDOの予算の内、新エネルギー分野のナショナルプロジェクトに2017年に割り当てられた予算は419億円とのことであり、これはBETOに割り当てられる予定の予算の約7倍の規模になる。

研究開発に投入される単年度予算だけで結論を導くのは危険ではあるが、あえて言葉を続けるなら、過去10年に渡って世界の藻類燃料の研究開発の中心であった米国から日本がその主導的役割を引き継ぐには十分な予算規模であると言えるのではなかろうか?

今後、これら十分な資金を有効に活用しながら、体系的な藻類バイオ燃料の研究開発が日本において根付くことを期待したい。

 

(※)米国での予算決定の流れ

  1. 行政府 (大統領) から議会へ予算教書の提出
  2. 上下両院それぞれで予算案を作成・審議・可決
  3. 上下両院による予算案刷り合わせ・審議・可決
  4. 大統領による著名

大統領が著名を拒否した場合 (拒否権の発動)、再度、予算案は議会に送り返され、上下両院で3分の2の賛同を得られた場合、大統領の著名がないまま法案が確定する。3分の2の賛同が得られない場合、大統領が著名するまで同プロセスを繰り返すことになる。予算案が会計年度開始 (10月1日) までに成立しない場合、暫定予算を組むことになる。しかし、暫定予算法案が通過しない場合、行政機能が停止することになる。


参考資料:
POLITICO: Energy Department climate office bans use of phrase ‘climate change’
http://www.politico.com/story/2017/03/energy-department-climate-change-phrases-banned-236655
GTM Research: Trump’s 2018 Budget: What’s on the Chopping Block for Clean Energy
https://www.greentechmedia.com/articles/read/trumps-2018-budget-whats-on-the-chopping-block-for-clean-energy
U.S. Department of Energy: FY2018 Budget Justification
https://energy.gov/cfo/downloads/fy-2018-budget-justification
TIME: Cutting the EPA’s Budget Is Not Just Politics. It’s Life and Death
http://time.com/4794444/epa-trump-budget-asbestos/
BBC News: Trump’s $4.1tr budget takes hatchet to safety net
http://www.bbc.com/news/world-us-canada-40015958


この記事を書いた人

ちとせ研究所所属。東京大学農学部卒業後、アリゾナ大学生物システム工学科にて博士号を取得。その後同大学にて微細藻類バイオマス大量生産を目的としたフォトバイオリアクターの開発・研究に携わる。2015年、13年間の米国生活からとうとう帰国し、真面目に社会人化。光合成でモノをどんどん増やすことに興味のあるアンパンマンに憧れる中年。

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