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藻類クロロフィル蛍光を利用した光合成活性測定法 -生物学と物理学の融合:生物物理学(Biophysics)-

藻類クロロフィル蛍光を利用した光合成活性測定法 -生物学と物理学の融合:生物物理学(Biophysics)-

今月から新たに、Jose RomelがModia執筆者に加わりました!おしゃべり好きでアニメオタクのおじさんですが、世界の名だたる藻類研究室を渡り歩いてきた正真正銘の「藻類界のエリート」です。これまで抱いてきた藻類への熱い情熱を今後は社会に実装しようと思い、アカデミックから企業に場を移して、ちとせ研究所に入社しました。ちとせ研究所では約3年間マレーシアの藻類培養の最前線で活躍しています。今後のJoseの記事にもご期待ください

写真:左;チェコ共和国の藻類研究室にて(Jose RomelとProf. Jiri Masojidek)。右;マレーシアのちとせ研究所・技術コンサルタント先(Sarawak Biodiversity Center)にて。


光合成とは、光エネルギー(例えば日光)と水を利用して、無機栄養分(例えば肥料)と二酸化炭素を、炭水化物(バイオマス量)と酸素へ変えるプロセスです。地球上の全ての生き物は、この光合成から得られる代謝産物に、直接または間接的に依存しています。

光合成による二酸化炭素や酸素の増減を測定する方法が、光合成活性の測定法として、古くから用いられています。この測定方法は高額な機器が必要な上、扱いが難しいことから、主に研究目的での利用に限定されます。

こうした中、近年、光学的な光合成活性の測定法が急速に発展しています。細胞が吸収した光エネルギーのうち、光合成に使われなかったエネルギーをクロロフィル蛍光として検出する方法です。現在では、安価とは言わないまでも手に届いやすい価格の、簡便なクロロフィル蛍光測定機器が開発されています。この光学的な測定方法は光合成活性の絶対量の測定には向いていませんが、モニタリングに適しており、植物生理学・生態学分野などで広く応用されています。

このクロロフィル蛍光による光合成活性測定方法について私が学んだのは修士課程を過ごしたイスラエルのネゲヴ・ベン=グリオン大学(Ben-Gurion University)でした。そしてイスラエルで学んだ技術を活かして、チェコ共和国のチェコ科学アカデミー・微生物学研究所(Institute of Microbiology of the Czech Academy of Sciences)では様々な藻類を用いて、また様々なフォトバイオリアクター(PBR)を用いてクロロフィル蛍光測定を行いました。

本記事では、光合成の仕組みと、クロロフィル蛍光でなぜ光合成活性が測定できるのかを説明します。

光合成の仕組み

光合成は、原核生物であるシアノバクテリアでは、細胞内のチラコイド膜上で、また真核生物の藻類と植物では葉緑体(チラコイドの集合体)内で行われます。以降は、真核生物における葉緑体での光合成について説明します。

光合成は、大きく2つの反応;光に依存する「明反応」と、光に依存しない生化学反応である「暗反応」に分けられます。これらの2つの反応は、一般的に空間的・時間的に切り離されています。

図1 葉緑体の光合成模式図 (Buchanan et al. 2000)

明反応は葉緑体のチラコイド膜で反応が起こります。光エネルギーが反応中心で吸収されて、クロロフィルが基底状態から励起状態に移行します。励起状態から基底状態へ戻るときに光エネルギーは化学エネルギーへ変換されます。この化学エネルギーを利用して水が電子(e)、水素イオン(H+)、酸素(O2)に分解されます。電子は電子伝達系を介してNADP+をNADPH2+に還元するために利用されます。またチラコイド膜の水素イオンの濃度勾配を利用して、ADPから高エネルギーのATPが生成されます。

暗反応は葉緑体内のストロマで起こります。明反応で生成されたNADPH2+、ATP、二酸化炭素(CO2)を利用して、炭水化物やアミノ酸、脂肪酸を生成します。カルビン回路と言われ、循環型の生化学反応です。

光合成を物理学で捉える-熱力学の第1法則-

光合成は生物学的現象ですが、その仕組みは光物理的特徴と生化学的特徴を合わせ持ちます。光合成は自然が生み出した不思議であると思わざるを得ません。暗反応は生化学的反応であり生物学のプロセスです。一方で、最初のステップである明反応は光物理的反応であり、物理学の熱力学の法則を含みます。光合成の物理的な性質を理解するために、明反応を詳しく説明していきます。

光合成の仕組みは、光エネルギーが他のエネルギーへ変換される点で、太陽電池の仕組みと非常に類似しています。太陽電池の場合は光エネルギーが電気エネルギーへ、光合成の場合は光エネルギーが化学エネルギーへ変換されます。

図2 光合成におけるエネルギーの流れ (Stirbet and Govindjee. 2011)

光合成の最も初期のステップは、集光性複合体(light harvesting complexes;LHC)による光吸収です。図2で示すように、まず光合成有効放射(photosynthetically active radiation;PAR)に含まれる光エネルギーが、光化学系Ⅱ(photosystems Ⅱ;PS Ⅱ)と光化学系Ⅰ(photosystems Ⅰ;PS Ⅰ)のアンテナ(Antenna)に存在する色素(クロロフィルやカロテノイド)に吸収されます(図2、absorbed photon flux;JABS)。

ここで吸収された光エネルギーの流れは2つのルートに分かれます。1つは正常な光合成へと続くルートです。アンテナに捕らえらた光エネルギー(図2、trapped exciton flux;JTRは、 光化学系Ⅱの反応中心において水から電子を抜き取ることに必要な化学エネルギー(図2、electron transport flux;JET)として利用されます。  もう1つのルートは光エネルギーが光合成に使われないルートで、光エネルギーは熱や蛍光などの形で放散されます(図2、dissipation energy flux;JDI)。

光合成における光エネルギー吸収と熱/蛍光放散の現象は、物理学の「熱力学の第1法則」、エネルギー保存の法則に従います。熱力学の第1法則とは、エネルギーは作られることもないし、無くなることもない、ただ形態の変化のみ、という法則です。

光合成を物理学で捉える-熱力学の第2法則-

ところで、吸収した光エネルギーの全量が光合成の電子伝達系へ流れるルートに利用されれば、もっと光合成の効率がよくなると思われますが、図2で示す通りアンテナで吸収される光エネルギー(JABS)は、捕獲され(JTR)、電子伝達系に使う化学エネルギー(JET)に全量変換されるわけではなく、エネルギーの損失(JDI)が常に存在します。これは「熱力学の第2法則」に従います。熱力学の第2法則は簡単に述べると、いかなるエネルギー変換工程においても、変換後に得られるエネルギー量は、変換前のエネルギー量と比較して小さくなる(一部のエネルギーが目的外のルートへ流出する)という経験則です。

この目的外のルートへ流出するエネルギーの一部が蛍光として現れ、光合成活性の測定に利用されるのです。この仕組みを理解するために、光合成の光吸収とエネルギーの流れを掘り下げていきます。

図3 クロロフィルが基底状態に戻るときの、エネルギーの相補的な関係 (Misra et al. 2012)

光エネルギーが光化学系のクロロフィルによって捕獲されると、クロロフィルは基底状態から励起状態に移行します。励起状態のクロロフィルは高エネルギー状態にあり、不安定です。したがって、自然と低エネルギーの基底状態に戻ります。

励起状態のクロロフィルが基底状態に戻るとき、一部のエネルギーは化学エネルギー(photochemistry;P)として光化学系・電子伝達系に流れ、正常な光合成に利用されます。一方で一部のエネルギーは、光合成に使われることなく、蛍光エネルギー(fluorescence;F)と熱エネルギー(dissipation;D)として放散されます。これは過剰な光によってダメージを受けた反応中心の非効率性や消耗が原因です。FとDは光合成システムの異常な非制御エネルギー放散ということになります。

その他にも光合成をする細胞は、過剰な光エネルギー吸収に対処するための機構を備えています。この機構は光合成システムとは異なる制御された熱放散システムで、例えばキサントフィルサイクルが挙げられます。このシステムによるエネルギー放散を非光化学系消光(non photochemical quenching;N)といいます。吸収される光エネルギーは、熱力学の第1法則、エネルギー保存の法則に則り、変換後のエネルギー(P、F、D、N)の総和と等しくなります。つまりP+F +N +D = 一定(≒JABS)となります。

クロロフィル蛍光測定の原理

クロロフィル蛍光分析の測定原則は、「P+F +N +D = 一定」に基づきます。吸収された光エネルギーは、以下3つの形態に変換され利用されます。

(1)化学エネルギーに変換され、正常な光合成に利用される(P)
(2)熱エネルギーに変換され、放散される(D・N)
(3)蛍光エネルギーに変換され、放散される(F)

これらの3つのエネルギー変換は相補的な関係にあります。例えば、1のエネルギー変換量の増加は、同時に他の2つ変換量を減少させます。正常な光合成を行っている細胞において、弱い光でも光エネルギーの80%のみが光合成のために利用され、20%は蛍光と熱により放散されるといわれています。光合成をする細胞が光合成に必要な光エネルギー量よりも大量の光エネルギーを吸収する場合は、吸収された光エネルギーに対する光化学系に流れるエネルギーの割合は減少し、吸収した光エネルギーの大部分は蛍光や熱として放散されると考えられます。一般的に、光化学系に流れるエネルギー量と熱として放散されるエネルギー量が最も低いとき、蛍光として放散されるエネルギー量は最も高いです。

このように、放散されるクロロフィル蛍光エネルギーの変化は光合成効率と過剰なエネルギーの熱放散の変化を反映します。逆に言うと、クロロフィル蛍光を測ることで、光合成と熱放散の効率の変化に関する情報を得ることができるのです。

クロロフィル蛍光測定の藻類への応用

クロロフィル蛍光のスペクトルは、吸収する光スペクトルと比較して長い波長のスペクトルを放出します。したがって、光合成を行う細胞に波長・光量があらかじめわかっている光をあてた時に、放出される波長の異なる光(蛍光)のエネルギー量を計ることにより、クロロフィル蛍光量を得られることができます。

クロロフィル蛍光の利用は1960年代から始まりました。当時は色素抽出を必要としない植物プランクトン量の推定手段としてクロロフィル蛍光が利用されました。1980年代中頃、測定システムにパルス振幅変調(pulse amplitude modulation;PAM)蛍光が導入されたことは、クロロフィル蛍光測定の革命的な出来事でした。

写真1 PAM蛍光測定装置によるチューブ型PBRの光合成活性測定の様子(チェコ科学アカデミー・微生物学研究所/Prof. Jiri Masojidek撮影)

PAM蛍光を用いることで、暗所で光合成を行わない細胞における光合成活性のベースラインを正確に測定が可能となりました。また明所で光合成を行っている細胞において非常に安定した感度で光合成活性の測定が可能となりました。そして1990年代半ばから、PAM蛍光測定システムを使用したクロロフィル蛍光測定は、広く微細藻類大量培養時の光合成活性をモニターすることに使われています。

写真2 PAM蛍光測定装置による屋外カスケードレースウェイ型PBRの光合成活性測定の様子(Algatech Centrum/Prof. Jiri Masojidek撮影)

物理的な性質から生まれたクロロフィル蛍光測定は、現在では植物生理学や藻類大量技術における重要なアプリケーションとなっています。クロロフィル蛍光測定の導入と改良のおかげで、PAM蛍光測定システムは、操作性が簡便で、リアルタイムに測定可能で、正確かつ迅速に結果が取得可能な測定手段として受け入れられました。クロロフィル蛍光測定は光合成活性や生産性、光生化学活性による環境制限モニタリングの推定の目的に使われています。

※Jose Romelの原文は英語で書かれているため、本記事はModia編集部が日本語翻訳したものです。英語の原文はこちらからご覧いただけます。


参考資料
Koning, Ross E. 1994. Light. Plant Physiology Information. Website. http://plantphys.info/plant_physiology/light.shtml
Buchanan, B. B., Gruissem, W., & Jones, R. L. (2000). Biochemistry & molecular biology of plants (Vol. 40). Rockville, MD: American Society of Plant Physiologists.
Roháček, K., Soukupová, J., & Barták, M. (2008). Chlorophyll fluorescence: a wonderful tool to study plant physiology and plant stress. Plant Cell Compartments-Selected Topics. Research Signpost, Kerala, India, 41-104.
Stirbet, A & Govindjee. (2011). On the relation between the Kautsky effect (chlorophyll a fluorescence induction) and photosystem II: basics and applications of the OJIP fluorescence transient. Journal of Photochemistry and Photobiology B: Biology104(1-2), 236-257.
Misra, A. N., Misra, M., & Singh, R. (2012). Chlorophyll fluorescence in plant biology. In Biophysics. InTech.
https://courses.lumenlearning.com/boundless-chemistry/chapter/the-laws-of-thermodynamics/
https://www.livescience.com/50941-second-law-thermodynamics.html
www.walz.com
www.intechopen.com
https://www.intechopen.com/books/biophysics/chlorophyll-fluorescence-in-plant-biology

この記事を書いた人

フィリピン出身。学生時代に藻類の経済的重要性と形態的美しさに魅せられ、藻類研究に開眼。イスラエル、米国アリゾナ州、チェコ共和国、台湾、と世界の名だたる研究室を渡り歩いてきた藻類界のガチエリート。今までの自身の経験を活かせ、そしてこの藻類へのほとばしる情熱を社会に実装できる場を求めて、ちとせ研究所を選んだ。日本アニメのオタクでもあり、ナルトの話をしだすと止まらない。藻とアニメの話をしてる時は天使の様な目をしてるおじさん。

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