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油にまつわる言葉の整理 第2回 -脂肪酸、油脂とは-

油にまつわる言葉の整理 第2回 -脂肪酸、油脂とは-

前回の記事では「油」、「脂質」、「脂肪」といった言葉を整理していきましたが、今回は「脂質」に含まれる「脂肪酸」、「油脂」といった少し範囲の狭まった言葉について紹介していきます。前回の記事はこちらよりご覧ください。

「脂質 (lipid)」に含まれるあれこれ

藻類バイオ燃料を語る際に議論の対象となるのは、藻類に含まれる「脂質」になります。では、「脂質=燃料なのか?」と聞かれれば、当然そうではありません。次に、前述の「油脂」を含め、藻類に含まれる様々な「脂質」について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

「脂質」の分類法はいくつか存在しますが、その内、極性の有無(親水性基を持つか否か、つまり水に馴染む部分を持つか否か)で2種類に大別する方法をもとに話を進めます。

まず、無極性脂質または中性脂質と呼ばれるものから取り上げていきます。これらは、極性を持たない (親水性基を持たない)、もしくは持っていても疎水性基と比較して非常に小さいため、基本的に水に馴染まない脂質です。具体的には、油脂 (fat, triacylglycerides, TAGs, etc)、蠟 (Wax esters)、長鎖脂肪酸 (fatty acids)、ステロール (sterols)、カロテノイド (carotenoids)等があります。今回の記事では、その中でも頻繁に話題に上る「脂肪酸」と「油脂」の2種類について紹介します。

脂肪酸 (fatty acids)

脂肪酸は、化学的には一般式 CnHmCOOHで表される化合物になります。そして、生体内で生成される脂肪酸は、反応上、一般的に炭素(C)の総数は偶数になります。

脂肪酸を簡単に言えば、
「基本は偶数個の炭素の鎖。一端の形状がちょっと特殊」、
「脂質の内、一番基本的な形のもの」
くらいに覚えておけば良いかと思います。

下図は、代表的な脂肪酸で、最近は巷でも話題のDHA (ドコサヘキサエン酸)の構造を表した図になります。22個の炭素原子(黒球)で構成される鎖の一端に、カルボキシ基(赤球で表された酸素分子がくっ付いている部分)が繋がった構造であることがわかります。

少し詳しく見ていくと、2つの炭素原子が1本の腕で繋がっている部分と、2本の腕で繋がっている部分があることがわかります。1本の腕で繋がっている部分を飽和結合、2本の腕で繋がっている部分を不飽和結合と呼び、不飽和結合が少なくとも1つ以上ある脂肪酸のことを不飽和脂肪酸と呼びます。EPA (エイコサペンタエン酸)やDHA等のオメガ3脂肪酸とは、カルボキシ基が付いてない方の端から数えて、3番目と4番目の炭素の間(これをオメガ3位と言う)に不飽和結合が存在する脂肪酸のことを指します。不飽和結合は、非常に不安定なため、品質の安定性が求められる燃料等の用途では、製品化の際にこの不飽和結合を全て飽和結合に変換することになります。また、成分の中に酸素があると、燃焼時に副産物として水が生成されてしまうため、ディーゼル等の燃料では、最終的にそれらも除かれます (こうした工程は水素化と呼ばれます)。

上記を踏まえると、いわゆる藻類バイオ燃料 (バイオディーゼル等)は、「藻類由来の脂肪酸を、(不飽和結合や酸素を取り除くといった)精製工程を経ることで得られる、炭素が一本腕で連なる鎖状をした、酸素を含まない化合物 (炭化水素)」 のことを指します。

一方で、燃料ではなく人の健康への影響という観点から脂肪酸を見ると、一般論として、「不飽和結合が多いものは体に良い」、「飽和結合だけのものは体に悪い」と言われています。

油脂 (fat, triacylglyceride, TAG, etc)

それでは、健康に良いとされ、サプリメントとして市販されているDHAやEPAが、脂肪酸という形状で売られているのか?というと、そうではありません。魚の油でもそうですが、多くのDHAやEPAサプリメントは、DHAやEPAといった脂肪酸を多く含む「油脂」という形状で市販されています。生体内で、脂質が遊離した脂肪酸の状態で存在することは少なく、脂肪酸の多くはより大きな化合物の一部として存在しているのです。その一つが、「油脂」です。「油脂」は、藻体内で主にエネルギー貯蔵体として機能します。実は、これは人でも基本的には同じです。敬遠されがちな「脂肪」、「油脂」ですが、本来は人がエネルギー切れにならないよう、大切なエネルギーの貯蔵庫として機能しています。

化学的には、「油脂」とは、グリセロール骨格に、上述した脂肪酸3分子がエステル結合した脂質のことを指します。グリセロールとは、炭素が三つ並んだ化合物で、各炭素から一本ずつ他とくっ付くための手をもっているもの、くらいに覚えて頂ければ十分です。また、下図は、三又の中心にある炭素原子三つから構成される部分(=グリセロール)に炭素が8つ連なった脂肪酸3つがエステル結合*している様子を示しています。
*エステル結合、なんていうと難しく感じるかもしれませんが、単純に脂肪酸とグリセリンが手を繋いでいる、と認識できていれば十分ではないかと思います。

食用油として、日常的に料理などに利用されている「油」は、正確にはこの「油脂」という構造をしたものが大半です。市販されている食用油・油脂は、グリセロールに結合している脂肪酸の長さに色々なバリエーションがありますが、基本的には、この三又構造をした化合物になります。

先に例として挙げたDHAやEPAのサプリメントのほとんどは、三又に繋がった三つの脂肪酸の内、いくつかがDHAやEPAといった脂肪酸で構成される「油脂」になります。DHAやEPAの数(濃度)によって、その値段は大きく異なります。また、このあたりが様々な話合いにおいて、混乱を生じる原因となります。

例えば、DHAと言った場合、化学屋さんは当然のように「DHAという脂肪酸」を頭に思い描きますが、食品やサプリ屋さんでは「DHAを含む油脂」のように、より高次な構造体の話をしていることがあります。そういった誤解を生まないために、話合いの最初に言葉の定義をしっかり取りまとめておくことが大切です。さらに最近では、例えばEPAと言った場合、EPAを含む油脂のみならず、EPAを含むリン脂質やEPAエステルの製剤と誤解するなど、EPAの認知度が増し、多様な用途が商業化されるにつれ、より多くの混乱をあちこちで見かけるようになった気がします。このあたりについても、また次回以降で紹介出来ればと思います。

藻類バイオ燃料の話では、この「油脂」がメイン原料として検討されることが大半です。また、このままでは燃料として様々な問題が生じるため、油脂を原料として液体燃料を生産する際は、(1) 脂肪酸をグリセロールから切り離し、グリセロールを取り除く、(2) 得られた脂肪酸メチルエステルからメチル部分を取り除き、さらに不飽和結合や酸素を取り除く等の工程を経て、CとHからのみ成る一本鎖の炭化水素へと変換されていきます。

さて、今後も引き続き「脂質」に含まれる様々なサブカテゴリーについて紹介していきますが、とりあえずここまでにしたいと思います。今回は「脂肪酸」、「油脂」について理解を深めて頂けていれば幸いです。

この記事を書いた人

ちとせ研究所所属。東京大学農学部卒業後、アリゾナ大学生物システム工学科にて博士号を取得。その後同大学にて微細藻類バイオマス大量生産を目的としたフォトバイオリアクターの開発・研究に携わる。2015年、13年間の米国生活からとうとう帰国し、真面目に社会人化。光合成でモノをどんどん増やすことに興味のあるアンパンマンに憧れる中年。

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