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藻ガール尾張の藻類コレクション vol.3「ヘマトコッカス」

藻ガール尾張の藻類コレクション vol.3「ヘマトコッカス」

藻ガール尾張の藻類トリビア第3弾は、ヘマトコッカスのご紹介です。ヘマトコッカスという藻類は、アスタキサンチンを産生することでとても有名ですが、実は藻類の正式な名前(学名)がいまだに決まっていないという点においてはとても珍しい藻類です。


●学名:Haematococcus lacustris (Gir.-Chantr.) Rostaf. (=Haematococcus pluvialis Flot.)
●分類:真核生物>アーケプラスチダ>緑藻綱
●生息:日本を含めアジア、ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカなど世界中に生息
●体長/形態:通常は約20 µmの緑色の卵型細胞で2本の鞭毛で動き回る。細胞の外側は寒天質に覆われている。細胞がストレスを感じると、アスタキサンチンを蓄積し、鞭毛消失し、形態は球状に変わる。
●レア度:★☆☆☆☆

Modiaでも度々取り上げられている『ヘマトコッカス』。アスタキサンチンを産生することが知られています。

2018年1月初出の記事『ヘマトコッカスとは?』では、ヘマトコッカスの名前について、「生物分類の学名はHaematococcus lacustris (Gir.-Chantr.) Rostaf. ですが、Haematococcus pluvialis Flot.として広く知られています」と、曖昧な表現をしてしまいました。


実はヘマトコッカスという名前、学者の中で学名が議論真っ最中の藻類なのです。

『ヘマトコッカス』に45種類もの名前が付けれていた理由

17世紀に生物顕微鏡が発明され、18世紀や19世紀には分類学者が様々な藻類を命名していきました。その中で珍しい赤色色素を持つ藻類を命名することは、分類学者たちの中で憧れだったのでしょう。ヘマトコッカスやそれに類似した藻類を、我先にと命名していったのです。当時は生物学の学名規則が整っていませんでした。顕微鏡の解像度は低く、ま文献検索システムが整っていませんでしたから、ヘマトコッカス様の赤くて丸い藻の名前は45種類もの異なる名前が生まれたのです。

1930年に藻類の命名についての世界的な国際ルールが設けられました。ヘマトコッカスはアスタキサンチンを産生する社会的にも有用な藻類種なので、混沌としていたヘマトコッカスの名前について分類学者はルールに則った正式な名前(学名)の決定に乗り出したのです。現代の分類学者は、18世紀や19世紀に種名を命名した記載論文を読んだり、遺伝子配列を明らかにする気の遠くなる作業を行いました。そその結果、ヘマトコッカス様の赤くて丸い45種類の藻類の種名は、時にはユーグレナやシアノバクテリアといった全く違う生物に分類しなおされました。多くは同じ種のヘマトコッカスを異なる学名で記載していたので、最初に記載した種名にまとめられていきました。

揺れる『ヘマトコッカス』の名前

アスタキサンチン産生に人々が利用している、いわゆる『ヘマトコッカス』の種名はどうなのか。現代の研究により、45種類の名前は同定しなおされ、いよいよHaematococcus lacustris Haematococcus pluvialis のどちらかの種名で決着がつくところまで来ています。分類学者の中では学名規則に則ってH. lacustris が正式な学名ということで決着はついています。一方で、ヘマトコッカス由来アスタキサンチンの機能を研究する生理学者や大量培養を研究する生物工学者は、長年H. pluvialis を学名に使用しています。分類学者以外の研究者は、学名が決まっていなくても研究内容とは関係ないので、このままH. pluvialis を学名に使用し続けるでしょう。

学名は種が混同しないように1つに定める、これが分類学者のモットーです。しかし、圧倒的にHaematococcus pluvialis が使われている現代において、分類学者はどちらにするか岐路に立たされています。国際植物分類学会藻類委員会で未だに検討されている問題なのです。

余談ですが、大量培養専門家の星野はもちろんのこと、ちとせ研究所内でもヘマトコッカス=Haematococcus pluvialis です。藻類分類学を知っている尾張は、ヘマトコッカス=Haematococcus lacustris と物申したいところですが、誰にも通じないので、ヘマトコッカス=Haematococcus pluvialis にしています。Modia記事「ヘマトコッカスとは」に記述した「生物分類の学名はHaematococcus lacustris (Gir.-Chantr.) Rostaf. ですが、Haematococcus pluvialis Flot.として広く知られています」は、尾張のささやかな抵抗なのです。


参考資料
大田修平, & 仲田崇志. (2014). 藻類と学名 アスタキサンチン産生ヘマトコッカス (アカヒゲムシ属: Haematococcus; 緑藻綱) の学名: Haematococcus lacustris か? Haematococcus pluvialis か?. 藻類, 62(1), 7-10.

 

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