先月公開した記事では、藻類は「酸素発生型光合成を行う生物のうち、陸上植物を除いたもの」と曖昧な定義がされていて、進化を示す分子系統樹上では原核生物にも真核生物にも点在することをお話ししました。
たしかに、多くの真核藻類(ユーグレナ藻、珪藻、褐藻、渦鞭毛藻、クロララクニオン藻、ハプト藻、クリプト藻等)は系統樹上では点在しています。しかし、灰色藻・紅藻・緑藻だけが、藻類としてまとまったグループ「アーケプラスチダ(別名:プランテ)」で固まっています。
そもそも、なぜアーケプラスチダ界は酸素発生型光合成を行う生物群だけで構成されているのでしょうか?
その答えは、アーケプラスチダ界が、光合成を行う1つの真核藻類から分岐・進化した生物群だからです。では、アーケプラスチダ界以外の真核藻類も、酸素発生型光合成を行う生物から進化したのではないの?と疑問に思われますよね。実はアーケプラスチダ界以外の真核藻類は、アーケプラスチダ界とは異なる生い立ちで酸素発生型光合成の能力を獲得したのです。その真相はまたの機会にお話ししたいと思います。
今回は、アーケプラスチダ界がどのように酸素発生型光合成をするようになったのかをお話しします。
初めての酸素発生型光合成生物ーシアノバクテリアー
地球に生命が誕生してから、初めて光を利用し、酸素発生型光合成を行った生物は原核生物の「シアノバクテリア」です。シアノバクテリアの特徴は、細胞を包む膜が2枚あることです。細胞質と接している内側の細胞膜は「内膜」、リポ多糖類に覆われている外側の膜は「外膜」といいます(図:シアノバクテリアの外側2つの実線の円)。内膜と外膜の間には「ペプチドグリカン層」があります(図:シアノバクテリアの外側2つの実線の円に挟まれた点線の円)。内膜の内側には光化学反応が起こる「チラコイド膜」(図:細長い円)があり、そこで光合成をしています。また、チラコイド膜には、「フィコビリソーム」(図:チラコイド膜に付着する黒い丸)という大きなタンパク質複合体が結合しています。
(Keeling 2004をもとに作図)
光と二酸化炭素を使って糖を貯めて酸素を放出する「酸素発生型光合成」は、数億年とも数十億年ともいわれるくらい長い時間をかけて出来上がった仕組みと言われています。シアノバクテリアが単系統であることはつまり、原核生物の中で光合成の代謝系を作ることに成功した生物が1つしかいない可能性を示しています。生物の進化の中で、光合成の代謝系を作ることがいかに大変であるかを物語っていると言えるでしょう。
真核藻類の葉緑体はシアノバクテリアの細胞内共生により生まれた
生き物が様々な代謝系を作り、且つ連携させることは非常に長い時間が必要です。光合成の代謝系もまた然りです。真核生物は、ちょっと異なる性質を獲得した個体が生まれ、やがて元の生物とは異なる新たな生物種に分岐・進化してきましたが、多様化した生物種の代謝系は、どの種を取ってもほぼ同じなのです。
ところが、真核藻類の光合成の代謝系は、真核生物の進化の中で突然現れた代謝系です。どういうことでしょうか?この答えが、「一次共生」といわれる細胞内共生なのです。
長い期間をかけて作られたシアノバクテリアの光合成の代謝系は、光と二酸化炭素と水があればエネルギーが作り出せる素晴らしい仕組みです。この光合成の代謝系を自分のものにできたら、独立栄養で生きていけます。仮に、私たちが光合成をできたら、食事をしなくても生きていける、というようなイメージです。
この光合成の仕組みを丸ごと取り込んでしまった現象が「一次共生(primary endosymbiosis)」といわれるものです。言い換えると、真核生物がシアノバクテリアごと細胞内に取り込んで、自分の一部として共生させてしまったのです。そして、この共生したシアノバクテリアこそ、真核生物の光合成器官の「葉緑体」となったのです。
一次共生で生まれ、分岐・進化してきた一次植物
一次共生が確かに起こったという根拠は沢山あります。その中で今回は、「膜」の特徴について紹介します。
下図をもとに、一次共生を説明します。
(Keeling 2004をもとに作図)
先述の通り、シアノバクテリアは外膜と内膜で包まれ、その膜の間にはペプチドグリカン層があります。そのシアノバクテリアを真核生物が取り込んで葉緑体として共生させました。一次共生で獲得された葉緑体は、シアノバクテリアの細胞膜(内膜)由来と、真核生物が取り込んだ時の膜(食胞膜)由来の二重の膜をもつ細胞小器官になったと考えられています。一次共生の細胞内共生によって獲得した葉緑体を持つ植物群は「一次植物」といいます。その一次植物は、葉緑体を保持したまま分岐・進化をしていきました。つまり、一次植物は単系統であり、アーケプラスチダ界というスーパーグループでまとめることができるのです。
一次植物のうち、藻類は灰色藻と紅藻と緑藻です。灰色藻は、二重膜に包まれた葉緑体があり、外膜と内膜の間にペプチドグリカン層が残っています。また、チラコイド膜にはフィコビリソームが着しています。紅藻は、二重膜に包まれた葉緑体がありますが、外膜と内膜の間のペプチドグリカン層は消失しています。チラコイド膜にはフィコビリソームが付着しているのは、灰色藻と同じです。緑藻は二重膜に包まれた葉緑体があります。葉緑体の外膜と内膜の間のペプチドグリカン層はなく、チラコイド膜にフィコビリソームが付着していません。
未だ謎だらけの一次共生
この3種類の中で、一次共生が起こってから、最初にできた藻類は何でしょうか? 膜の視点では、シアノバクテリアの特徴が灰色藻の葉緑体の特徴と一番似ていることから、灰色藻が一番先に分岐した藻類といわれています。しかし、DNA量の視点から、紅藻が一番先に分岐したという説もあり、灰色藻か紅藻かのどちらが先か、まだ決着がついていません。
この他にも、「一次共生が起こったのはいつか?」、「取り込んだシアノバクテリアはどんな種類だったのか?」、「シアノバクテリアを取り込んだ真核生物は誰か?」などなど、一次共生は未だに謎だらけです。
科学技術が進むにつれて、一次共生について詳細に、多角的に研究ができるようになっています。形態学、分子生物学、分子系統学、地質学、古生物学など、様々な専門分野の人たちが一次共生について意見を出し合い、着実に真実に近づいています。
参考画像
“Diagram of the primary endosymbiosis of chloroplasts” © 2013 Kelvinsong / CC BY 3.0
参考資料
Keeling, Patrick J. “Diversity and evolutionary history of plastids and their hosts.” American Journal of Botany 91.10 (2004): 1481-1493.
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